【古典文法】助動詞その六【今度は、「べし」の練習】

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 こんばんは、しめじです。

 前回は、助動詞「む」が、実際の文においてどのように使われているかを、練習問題の形で見てきました。どうしても短い文だと前後の文脈が見えづらく、解説もやや強引になってしまいましたが、いかがだったでしょうか。

 今夜は、助動詞「べし」についても同じように用例を見ていこうと思いますが、その前に、少しだけ「む」の補足説明を。

目次

「む」は「ん」と書かれることも多い。
「む+と+す」をくっつけた「むず」という助動詞がある。
「む」を使ったよくある言い回し
問:次の短文の太字部の「べし」の用法を答えなさい。
<解答>

「む」は「ん」と書かれることも多い。

 もともとは「むぅ」に近い、しっかりと母音[u]をつけて発音していたと考えられていますが、のちに「む([m])」となり、最終的には「ん([n])」とも発音されるようになりました。それに伴い、表記も「む」だけでなく「ん」も使われるようになりました。

「む+と+す」をくっつけた「むず」という助動詞がある。

 「むとす」という言い方があります。
 助動詞「む」+格助詞「と」+サ変動詞の「す」です。

 そのまま訳すと「~しようとする」になりますが、これが約(つづ)まってできた「むず」という助動詞もあります。
 用法、接続は「む」と同じです。

「む」を使ったよくある言い回し

「~にやあらむ」
この「や」は疑問を表す助詞です。
「~だろうか」というような訳になります。さらには、「あらむ」が省略されて「~にや」となっていることも多いです。

「~こそあらめ、」
この「め」は已然形です。
「~はよいだろうが」「~は構わないが」というような訳になります。こちらも「にやあらむ」同様、「あらめ」が省略されることがあります。その場合は、「~にこそ」となることが多いです。

「~なむ」「~てむ」
この「な」と「て」は強意。「きっと~だろう」というような訳になります。
ちなみに「なむ」は形は同じだけど文法的に全く別の言葉がいくつかあるので、前後を見て見分けていく必要があります。

では、今日は「べし」の用例を問題練習の形で見ていきましょう。

問:次の短文の太字部の「べし」の用法を答えなさい。

1(忠見は、)兼盛もいかでこれほどの歌詠むべきとぞ思ひける。/沙石集(忠見・兼盛はともに人名。いかで…どうして、とぞ思ひける…と思った)

2 (四条大納言に、藤原定頼が、「和泉式部と赤染衛門のどちらが優れた歌人か」と尋ねたところ、四条大納言が答えたのは)「一口に言うべき歌詠みにあらず」/俊頼髄脳
(歌詠みにあらず…歌人ではない)

3・4 (歌合に出ることになった主人公が、どちらの歌を詠むかで悩んでいたところ、こちらの歌のほうがいいと助言をされた時のせりふ)「貴房のはからひを信じて、さらば、これを出だすべきにこそ。のちの咎をばかけ申すべし
(貴房のはからひ…あなたの判断、さらば…それならば、のちの咎をば…負けた場合の責任は、かけ申す…負っていただく) 

<解答>

1 可能or推量

 前回、「〜と思った」の「と」の前は、文が終わっていますよ、という話をしました。「引用の格助詞」というやつですね。
 従って、この文は、

忠見は、「兼盛もどうしてこれほどの歌を読(   )」と思った。

という意味になります。
 他人についての話をしていますので、意志や命令ではなさそうです。

 残るは、推量、当然、適当、可能。

 順番に入れてみましょう。
 おそらく、自然な文になるのはつぎの二つではないでしょうか。

「どうしてこれほどの歌をよめるのか」と思った。
「どうしてこれほどの歌をよむのだろうか」と思った。

 となりますね。
 ちなみに、実際の前後の文脈を見ると、これは可能で訳すのが最も良さそうだとわかります。

2 可能

 どちらが優れた歌人ですか? という質問への返答なので、文脈を考えれば意志、適当、命令ではなさそうです。

 で、訳を考えると、

「(どちらが優れているかということを)一口で言(   )歌人ではないが」となります。

 当然を入れて見て、「一口で言うはずの歌人ではないけれど」などとすると、いささか意味が通らなくなりますね。

 判断に悩んでいるセリフだろうということは、「べし」の訳ができなくてもなんとなくわかるところです。ここは可能を入れて、

「一口で答えられる歌人ではないけれど」

 としたいですね。

3 適当

 二つの歌のどちらを選べば良いかを悩んでいたところ、「こっちがいいよ」とアドバイスをもらった人という文脈を踏まえて、まずはセリフ前半の意味を考えましょう。

「あなたの判断を信じて、それならば、これ(この歌)を出す(  )のはいいとして、」となります。

 「にこそ」は、さっき書いた「こそあらめ」の省略です。「〜は構わないが」「〜はよいだろうが」という、相手の意見に譲歩する言い方になります。

 さて、順番に入れてみましょう。
 歌についての話をしているので、意志ではなさそう。どの歌を出すかを自分で決めているので、推量もおかしそうですね。歌を出すのは自分なので、命令もあり得ません。同様に、可能も変ですね。できるできないの話ではないので。と考えると、当然か適当

 ただ、当然は「〜のはずだ」「〜で当たり前だ」「〜なければならない」というような訳になります。どっちを出すか自分では悩んでいた訳ですから、これらの訳は当てはめられません。

 では、適当を入れてみましょう。

「あなたの判断を信じて、それならば、この歌を出すのが良いというのはいいとして」

 となって、相手の判断をいったん受け入れている文になります。これで文が成立しましたね。

4 意志(ギリギリ当然?)

 つづいて、セリフの後半です。

 とりあえず、相手の提案をいったん受け入れましたが、それについて「もし負けたらあなたに責任をとっていただ(   )」という訳になります。

 この「〜してもらう」という言い方がミソで、日本語で「〜してもらう」は、自分の動作になります。だって、もらっているのは自分なので。
(なので、敬語の「〜していただく」と「〜してくださる」は、使い方は似ていますが全く別の言葉です。あとに続く言葉が大きく変わってくる場面があります。残念ながら、それがごちゃごちゃになっている人は大変多いですが)

 ということは、「責任をとってもらう」という自分の動作ですので、まずは「意志」を疑いましょう。

「もし負けたらあなたに責任をとっていただこう

 大変自然ですね。
 当然を自分の義務のような訳として(〜なければならない)入れて、

「もし負けたらあなたに責任をとっていただかねばならない」

 とするのも訳としてはありですね。
 そこの字面だけをとらえればありっちゃありなんですけど。

 ただ、私個人としては、「べし」の確実さのニュアンスを考えると、この状況で責任をとってもらうことがどれくらい当たり前のことなのか判断しかねる部分があるので、当然で訳すのは難しいかな、と思います。
(現代語訳としては自然だけど、古典単語の解釈としては不自然、といえばいいのでしょうか)

 まあ、これはたくさんの古典の文章を読まないと生まれてこない感覚だと思いますので、「ふーん、そういうもんなんだ」で流していただいて構いません。

 というわけで、「べし」の用法を考えてみました。
 文法は、早く、正確に判断できるようになっていきたい部分ではありますので、手持ちの参考書などに練習問題がついていたら是非といて見てください。

 では、今夜はこの辺で。

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