【古典文法】助動詞その四【む、べしの続き】

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こんばんは。しめじです。

今回は、前回の続き、助動詞「む」「べし」の、用法の見分け方や訳の仕方についてお話していきます。

その前に、まずは軽く前回の内容を思い出しましょう。

目次

助動詞「む」について。
助動詞「べし」について。
「む」「べし」の訳のしかたについて。
「む」「べし」の用法の見分け方

活用表

※べしの未然形「べく」は、認める説と認めない説があります。
( )でくくってある参考書が多いかと思います。

助動詞「む」について。

活用―四段活用型。
 ただし、未然形・連用形・命令形は用例がない。したがって、終止形から順に「む、む、め」と覚えればOK。

接続―未然形。
 用法を考えると、「まだそうなっていない出来事、ものごと」を扱うので、直前の語が未然形になると考えればOK。

用法―主なものは六つ。
 推量、意志、可能、仮定、適当、婉曲。語呂合わせをするならば「西瓜固え(すいかかてえ)」や「西瓜替えて(すいかかえて)」。
 ただ、このあたりは文法書などによって書き方はまちまちです。「勧誘」というのを用法として独立させているものもありますし、仮定と婉曲を足して「仮定婉曲」で一つにしている場合もあります。

助動詞「べし」について。

活用―ク活用形容詞型。
 補助活用型(べから、べかり…)は、形容詞と同様、後ろに助動詞をつけるときのためのもの。

接続―終止形。

用法ー主なものは六つ。
 推量、意志、可能、当然、命令、適当。
 「む」と同じものが含まれるますが、「べし」は「む」と比較して確実性が高いというニュアンスが強いので、「当然」や「命令」のような強い意味、断定的なニュアンスを含むものになる。(語源が「なるほどたしかに」という意味の「宜べし」であると考えられていることも併せて知っておくと理解しやすいかも)
 語呂合わせをするなら、「西瓜止めて(すいかとめて)」。なんか西瓜が転がっているイメージをするといいかも。

「む」「べし」の訳のしかたについて。

 共通するものからいきましょう。
 「む」と「べし」は、確実さの具合に若干違いがあるとは言いましたが、訳は特に分けません。

 例えば文学作品として翻訳するのであれば、その微妙なニュアンスを前後の文脈に合わせて訳し分けていくのですが、少なくとも高校古典や大学入試は、まず文法通りに、機械的に今の日本語に置き換えられるかを問うていることが多いので、訳し分けなければならないわけではありません。

 もちろん、国語、日本語、物語が大好きで、ぜひ訳し分けたい、という人は、用法の判断として合っている範囲で訳し分けてみてください。

推量「~だろう」

例:(雨が降っているので)、明日の体育祭は無くならむ。
訳:明日の体育祭は無くなるだろう。

意志「~しよう」

例:ただ今より勉強せむ。
訳:今から勉強しよう。

適当「~のがよい」

例:明日より学校始まれば、今日は早く寝(ぬ)べし。
訳:明日から学校が始まるので、今日は早く寝るのがよい。

「む」仮定 「~ば」「~だとしたら」
「む」婉曲 「~ような」(ただし、絶対に訳を取らないといけないわけではない)

例:思はむ子を法師になしたらむこそ心苦しけれ
訳:愛しく思うような子を法師にしたとしたら、気の毒なことである。

(思は「む」が婉曲、なしたら「む」が仮定です)

続いて、「べし」特有の用法。

「べし」当然 「~のはずだ」

例:(明日は雨なので)、体育祭は中止となるべし。
訳:(明日は雨なので)、体育祭は中止となるはずだ。

「べし」命令 「~しなさい、~せよ」

例:明日は試験なれば、勉強すべし。
訳:明日は試験なので、勉強せよ。

「べし」可能 「~できる」

例:竜に乗らずは、渡るべからず
訳:竜に乗っていないものは、渡ることができない。

という具合になります。

 例は、あまり古文単語が出てこないものは辞書などから持ってきました。
 辞書の用例が古文単語の多いものであったのについては、助動詞の使い方に集中しにくいので私の方で適当に作ったものです。

 見ていただくとわかるのですが、結構交換可能です。

 例えば、「べし」の当然と推量は、どっちでも文が成立することがほとんどです。

明日は雨なので体育祭は中止だろう。
明日は雨なので体育祭は中止のはずだ。

 違うのはこの本人の確信の程度だけであって、どちらでも意味は通じてしまいます。

 あら、困った、と思うかもしれませんが、あまり心配はいりません。入試や模試においては、どちらでも明らかに文が成立する場合は、どちらで訳しても〇です。

 なんでこんなややこしいことが起きるかというと、なんと言ったらいいかわかりませんが、現代の我々も、古典の世界を生きた人々にとっても、「べし」は「べし」でしかないからです。

 たとえば、現代の「べし」も、いくつもの用法を持ちます。

 「明日は試験なので、勉強すべきだ」と言えば、「勉強しなければならない」という、当然に該当する意味になります。(「勉強したほうがよい」という適当でも使えます)

 「今はゲームをするべきではない」と言えば、「今はゲームをしないほうがよい」という適当の意味にもとれますし、「今はゲームをしてはならない」という、当然や可能に該当する意味になります。(ちなみに、当然や命令から派生した「義務(~なければならない)」を一用法として分けている辞書や参考書もたくさんあります。

 でも、私たちにとって、「べき」は「べき」です。
 いちいち、頭の中で、「今から「べき」を適当の意味で使うぞー」なんて自覚しながら喋ることはありません。
 昔の人も一緒です。いちいちそんなこと考えていませんし、1000年後の日本人がそうやって文法を考えて、分類していることも知りません。

 だから、「べし」は「べし」でしかないんです。

「む」「べし」の用法の見分け方

 ただ、明らかにこの場面では使いにくいよな、という用法もあるので、ざっくりとした用法の見分け方だけ紹介しておきます。

 しかし注意しておいてほしいのは、「多分これかなー」と見当をつける程度の見分け方であって、最終的には文章の前後と照らし合わせて自分が一番しっくりくるものを探すしかありません。それは念頭に置いてください。

1 主語が語り手自身の場合は意志の可能性が高い。

 自分の動作ですから、自分のことに対して「私は早く寝るだろう」とか「私は早く寝るはずだ」というのは、多くの場合不自然です。

 したがって、必然的に主語が自身である場合は意志であることが多くなります。

2 主語が対話などの相手(あなた)である場合は適当、勧誘、命令のいずれかである可能性が高い。

 今度は、主語が「あなた」の場合です。相手の動作に意志を用いることはめったにありません。「あなたは早く寝よう」。…今の日本語で書いても勧誘になりますね。

3 主語が自分でも相手でもない別の何か、誰かの場合は、推量、当然、適当のいずれかである可能性が高い。

 「体育祭は中止だろう」「体育祭は中止のはずだ」「体育祭は中止するのがよい」。どれも自然です。

 主語が自分でも相手でもない、「それ、彼、彼女」に該当するようなものである場合は、まずこの三つから考えてみると早くしっくりくる訳にたどり着く可能性が高いと思います。

4 連体形は婉曲。たまに仮定。

 婉曲(えんきょく)とは、ちょっと遠回しな表現のことで、今の日本語だと「~のような、~みたいな」などが該当します。

 これは、基本的に文中に連体形で出てきます。

 「~むは、」とか、「~むこと」などの形で出てくると、その「む」は連体形なので、婉曲を真っ先に考えてください。「む」を消しても文の意味が何も変わらなければまず間違いなく婉曲です。

 あれ、可能は?

 可能はどんな場合でも出てきます。ごめんなさい、これは見分けようがないです。自分で訳してみて、しっくりくるかどうか考えるしかありません。

 これについては、ちょっと練習問題をやってみましょう。
 次回は、この「む」「べし」の用法はどれでしょうクイズを出すので、ちょっと考えてみてください。

 では、今日はこの辺で。

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