【高1向け】漢文の勉強の進め方について。

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 こんばんは、しめじです。

 今夜は、高校に入って、漢文の勉強が本格的になり始めた高校1年生の方向け、を念頭に、これからの漢文訓読の学習において意識すると良いのではないか、ということをお話ししていこうと思います。

 まず初めにお断りしておくと、今からする話は一朝一夕、すぐに点数が伸びる方法ではありません。おそらく3週間後くらいに控えているであろう期末テストや、その前後にあるであろうベネッセの進研模試でばしっといい点取るための方法ではありません。

 飽くまで、約2年半後の共通テストや、その後にあるであろう個別入試に向けて、今からコツコツ積み上げていくとするならば、という話です。

<目次>
大前提として:「漢文が苦手」は気のせい。
勉強の方法:音読をしよう。
勉強の意識:古文や、私たちの日本語との繋がりを意識しよう。

大前提として:「漢文が苦手」は気のせい。

 漢文が苦手です、という1年生は、この時期から早くもたくさんいます。
 もちろん、こちらも授業を頑張って、できるだけその苦手意識を取り除けるようにしたい、と一生懸命やってはいますが。

 そもそもの話として。

 1年生のこの時期の、漢文に対する苦手意識は、ただの気のせいです。
 絶対に、と言い切ってしまって構わないほど、気のせいです。

 なぜなら。

 苦手になれるほど、漢文の勉強をしていないから。

 高校生になって初めてサッカー部に入り、夏の試合のレギュラーになれなかっただけで「自分って才能ないのかなあ」とかぼやきだすようなもの。
 判断が早すぎます。

 気のせいです。
 そもそも、まだ返り点くらいしかまともにやっていないはず。
 あとは、ひらがなで書き下す字の一部とか。
 まだまだ、その程度。
 それだけで、苦手かどうかを決めるのは時期尚早。

 もう少しだけ、「苦手意識は気のせいだ」と自分に言い聞かせて、頑張ってみませんか。
 本当に苦手かどうか判断するのは、それからでも遅くはないはず。

勉強の方法:音読をしよう。

 個人的に、簡単にできる割りに効果が高いのではないか、と思っている方法が、音読です。
 やり方は簡単。声に出して読む。これだけ。
 訓読文じゃなくて構いません。書き下し文でOKです。

 音読のために、たっぷり時間を取る必要もありません。
 毎日やる必要もありません。
 小学校の音読の宿題みたいに、おうちの方に聞いてもらう必要もありません。

 例えば、漢文の練習ワークに出てくる例文や、教科書の本文を予習としてノートに書き写して、書き下し文を書いたときの、その書き下し文を音読すればいいです。
 もちろん、なれてくれば訓読文からすっと読めるようになればそれがベストですが、まだ1年生の夏、漢文の勉強も始めたばかりでしょうから、今はまだちょっと難しいと思います。だから、書き下し文を音読するので構いません。

 特別に音読するために何かを準備するのではなく、普段の漢文の勉強の時に、そこで出てきたものを声に出して読むだけでOKです。1回とか、2回でもいいです。とにかく、声に出して、そして自分の声をよく聞く。これを、三年間やり続ければ、相当読むのが楽になります。

 なぜなら、私たちは実際に口にして、耳できいて、書いて、言葉を学習していくから。
 だから、はっきりとした文法や語句の知識だけに頼らずとも、ちゃんと音読をしていけば、「あれ、こんな言い方しないのでは?」とか、「あ、これが一番自然だ」と思うことが増えていきます。
 もちろん、いわゆる「感覚、勘」だけで全部解けるほど入試は甘くはないですが、例えば選択肢の①〜⑤を見て、どれも一緒じゃんとしか思えない人と、ある程度の見当をつけた上で、自分の知識をフル動員して根拠を探していく人。
 どちらの方がより正解率が高くなるか、「本当の意味での正解」に近づいていくか、これはもう言うまでもないのではないかと思います。

 音読をちょっとだけ足す、それだけでいいです。
 大事なのは、毎回そうすることです。これを積み重ねれば、かなり本文が読みやすく、選択肢が選びやすくなるはずです。

勉強の意識:古文や、私たちの日本語との繋がりを意識しよう。

 漢文が苦手な生徒は、この意識がいまいち希薄なケースが多いように思います。
 でも、これができるかどうかで、「漢文のために割かなければならない暗記の努力量」が大幅に変わります。

例えば(その1)。

 漢文に、「悪」という字が出てきます。
 もちろん、「悪(あ)し」という形容詞で出てくることが多いわけですが、体感としては同じくらいの頻度で、「悪(にく)む」という動詞として登場します。

 とだけ聞くと、一つの字なのに読みが二つもあるんかい! めんどくさい! 覚えていられるか! と思いたくなるのもわかりますが。

 実はこの「悪」、今の日本語で使う単語の中にも存在しています。

 「憎悪」や「嫌悪」の「悪」です。
 これらに使われる「悪」は、「わるい」ではなく、「にくむ」。「にくみにくむ」「きらいにくむ」です。
 漢検の問題でいうところの、「似た意味の字を重ねたタイプの熟語」というわけです。

例えば(その2)。

 高校1年生のこの時期だと、再読文字を学習している最中だったり、最近習ったばかりだったりするのではないかと思います。まだだ、という人も、多分近々習います。

 で、厄介なのが、読み方似てるのに、意味が違ったり、一度目の読みは同じなのに、二度目の読みが違ったり。これが、習い始めのうちは結構ややこしい。

 ここで登場するのが、古文の文法知識。
 まだ習っていない話をするかも知れませんが、近々つながるようになるのでご心配なく。

 例えば再読文字の「当・応」と「将・且」。
 どちらも「◯(まさ)に」から読み始めます。
 ですが、前者は「〜べし」、後者は「〜んとす」で結びます。
 そして、前者は「当然〜に違いない」などと、後者は「今にも〜しそうだ」などと訳します。
 あらややこしい。

 ですが、例えば「当」であれば、これは今の日本語の「当然」の「当」です。
 なので、訳は「当然である」ということを意味するものになります。
 ということは、二度目の読みは、当然を用法に持つ助動詞「べし」が割り振られることになります。

 一方の「将」は、今の日本語の「将来」の「将」です。
 だから、訳は、これからそうなりそうだ、という、将来のことを推測するものになります。
 ということは、二度目の読みは、推量を用法に持つ助動詞「む(ん)」が含まれることになります。

 ちなみに、「当然」は書き下すと「当に然るべし 訳:当然そうのようであるに違いない」、「将来」は書き下すと「将に来たらんとす(来んとす、かもしれない) 訳:今にも来ようとしている」となります。熟語の意味そのものですね。

 漢文訓読は、中国から輸入した書物の文章を、なんとか日本語の形で直接読もうという苦心の末に生まれた技法です。
 ですから、当然ベースにあるのは当時の日本語。
 助動詞やら、接続やら、そのあたりの内容は古文とほぼ同じです。
 古文と漢文は教科書も分かれていることが多いですし、参考書も分かれていることが多いですが、繋がっています。

 ということをちゃんと意識すれば、古文や現代文で習ったこと、学んだことをどんどん応用できるはずです。
 脳が何かを記憶するとき、強く定着しやすいのは、自分の既存の知識や体験と繋がったものごとです。何とも繋がらない断片的な情報は、覚えにくい。
 だから、繋げられるところは繋げてみてください、繋げられる部分はないか、ちょっと意識の片隅で探しながら勉強してみてください。

 それを三年間ちゃんと続ければ、かなりしっかりと理解して漢文の問題に臨めるはずです。

 では、今夜はこの辺で。

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